阪大入試の出題ミスについて

昨春の阪大入試の物理で出題ミスが発覚し、影響で不合格となった30人が追加合格となった。
別の大学に進んでいる人、浪人した人などもおり、改めて入学(条件によっては編入)するかどうかは、厳しい判断になろう。

どんな出題ミスがあったのか。
阪大からの発表資料を見たが、よくわからない。
受験生だった40数年前だったら、すんなりと理解できたのだろうが、いまは解くことさえできない。
情けない。
ネットでググると解説したサイト(http://goto33.blog.so-net.ne.jp/2018-01-08)があった。
なんとなくわかるような気がするが、他人の説明できるほど消化することができない。
本当に頭が悪くなっている。情けない。

ふと、私が中学生時代の期末試験を思い出した。
学科は理科第1分野で、物理(力学)の問題。
当時、物理は得意科目だった。
滑車の組み合わせで重さを求める問題で、自信を持って解答した箇所が不正解とされた。
これが合っていれば満点だったので、すごく悔しかったのだろう。
クラスの中にもう1人、同じ答えの人がいた。
2人で教室の黒板を使いながら検証した。間違いはないはず。
物理の担任にアピールしたが、説明を聞くことすらしない。
結局は、その問題の元となった参考書を見せられ、正答がこのように書かれている、と説明された。
普段は教え方がわかりやすく。好きな先生だっただけにショックだった。

以来、教師への信頼が薄くなったが、物理は嫌いにならなかった。
解答自体の真偽は分からない。
ただ、生徒の答えが間違っていたとしても、聞く耳を持たず、市販の参考書は正しいとする先入観を持つ教師はどうなんだろう。
47,8年前のことだが、いまでも昨日のことのように思い出される。

阪大入試の件に戻る。
問題を作成したのは優秀と目される教授陣だった。
それだけに他人の指摘を真摯に受け止めなかったのかもしれない。

プラネタリウム開発者の講演

 個人でプロ級のプラネタリウム投影装置を開発した大平貴之氏の講演会に出掛けた。場所は日大生産工学部。彼の出身大学だ。300人くらい入る講堂は満席までには埋まらなかったが、7割程度の入り。
 午後2時30分開始予定だったが、パソコンに入ったプレゼン用の動画が再生できず、解決しようとトライしたためか、15分くらい開始が遅れた。
 登場した大平氏は長身でスマート。オタクを想像していたが、なかなかイケメンだ。話もユーモアを交えながら、堂に入っていた。小学校の高学年から趣味で始めたプラネタリウム作りが、職業になってしまった。星を統制する微少な穴をあけた原盤を作るためには、精密な機械が必要なので、その機械そのものを作ってしまう、という情熱と能力には感銘した。
 聴衆からの質問は、時間切れで打ち切るほどたくさん出た。女性のファンが多いのにびっくり。最後に家庭用のプラネタリウムの機械があたる抽選会があり、3番違いで当選を逃したのは惜しかった。

航空科学博物館

 初詣を兼ねて、午後から成田の航空科学博物館に向かう。道が空いており、30分で到着。入場料は大人500円、小学生が200円。目玉のフライトシミュレータには30分後の14時30分からの予約が取れた。一人一人が操縦できるわけではなく、操縦士と副操縦士の2人だけがコックピットに座れ、残りの12人は乗客の座席へ。予約の1番、2番がパイロット、それ以降が乗客ということだ。今回は、5~7番だったので当然乗客席に。シミュレーションと言っても、操作とは完全にリンクしているわけではなさそうで、リアル感には欠けていた。でも、次回はコックピットにすわらせてあげたい(自分ではなく、子供達をだ)。
 正月のイベントとして紙飛行機教室をやっていた。変な形の紙飛行機をその場で作り、実際に飛ばして遊んだ。子供たちは大喜び。このほか、エンジンや飛行機本体に展示もあり、けっこう楽しめた。
 帰りに、成田山新勝寺に初詣に行くはずだったが、あまりに風が強かったのでそのまま帰宅した。
 初詣は明日、近所の神社に行くことにする。

娘と天文台へ

 上の娘が天文に興味を持ち始めたのは、いつ頃からだろうか。今夏、ハワイに行ったときも銀河ウォッチングに行きたいとせがまれた。幼稚園で市のプラネタリウムに行ったことがきっかけだったかもしれない。
 とにかく、今日11日は年に一度の三鷹の天文台の一般開放日で、成り行きで娘と私の2人で出かけることになった。娘の興味は、天文学そのものよりも、「スタンプラリー」と「作る星図盤」「星の写真がもらえるパソコンのクイズ」。家の10センチの反射望遠鏡とは比べものにならない巨大な望遠鏡を見ても感動しない。これで、ほんとうに天文学を目指しているのだろうか?
 電車とバスを乗り継いで往復4時間かけて疲れたけれど、娘は満足したようで来年も行きたいと言っていた。